彼女と僕は、何も言わず、ただ二人で夜の月を眺めていた。
それは日常(いつも)の夜と変わらず。

約束の夜と同じように。

ただ黙って、二人で視ていた。


その、泪を流す、痛すぎるほど美しい月を――――――




月光中毒




人と人の関係は、実に脆い。

ソレはちょっとしたすれ違いで瓦解し、ソレはほんの少しの掛け違えで崩れ落ちる。

もしくは彼女を想っての行動が。彼を慕っての思考が。
原因(きっかけ)の指向性など関係ない。

ほんの些細な小石さえあれば、ソレは簡単に躓いてしまう。

「………ねぇ、×××」

僕の名前だ。

僕は何も言わず、ただ少し視線を月から外す。

「月が何で丸いか、知ってる?」

彼女らしい、唐突で意味深な問いかけ。

いつも彼女はこうして僕を困惑させ、でも僕は其処にたまらなく好きだった。

「………わからない。きっと星だからだよ」

僕がそう返すと、彼女はくす、と笑う。

「違うわ。月はね、この世界の隅々まで光で照らせる様に、己の姿を球体にしたの」

「じゃぁ太陽が丸いのもこの世界を照らす為なの?」

「さぁ、わからないわ。そうかもしれないし、――――――もしくはそうでないかもしれない。ただね、これだけは言えるわ。太陽は光を齎したかもしれないけど、同時に闇も創り出した。でも月だけは――――――その闇さえも光で満たそうとしている」

「………月は、優しいんだね」

「えっ?」

「だって太陽が見放したその澱みさえ、月は掬い取ろうとしてるんだから」
「………、掬う―――――救う、ね。ほんと、キミらしい、温かい解釈。そうね、もしかしたら月は、太陽の棄ててった副産物(したい)を護りたかったのかもしれない」

「………僕は」

不意に見えた彼女の淋しげな表情がそうさせたのか、それともただの気紛れなのか、気がつけば僕はこんなことを言っていた。

「――――――僕も、月になれたらいいのに」

僕は彼女の月になりたい。

太陽じゃない。

僕は月になりたい。

そうすれば彼女の翳をずっと見守ってあげられる。

もしかしたら翳を少しでも和らげることが出来るかもしれない。

何時だって離れず、このままずっと一緒にいられるのに。

「………」

彼女は咄嗟に顔を伏せる。

僕は彼女が怒ったのかと不安になるが、しかし次に見せた彼女の感情は僕の予想を超えたもので、余計に僕を狼狽させた。

「………ひどい人」

「………え?」

「そんなこと………言わないでよ」

顔を上げると、彼女は泣いていた。

僕は言葉に詰まる。

「っ………」

「………×××」

彼女はその白く細い手で僕の頬に触れようとして――――――しかし寸前でその手を握り締める。

「………?」

「………………ふふ………、駄目ね。今キミに触れたら………、きっともう離れられなくなる。キミ無しの世界で生きていられなくなる。キミに――――――病み付きになってしまう」

彼女は手を懐に戻し、涙を拭う。

そして顔を上げれば、其処には先ほどの翳など何処にも無くて、いつもと変わらない彼女だけがただ立っていた。



「だから――――――だから………、小夜なら。わたしの愛しい人」








彼女の姿が見えなくなるまで、僕は一人呆然とその月を眺めていた。


――――――僕はキミが羨ましい。そうして何時までも空で瞬けるのだから

気がつけば、僕は涙を流していて。


痛すぎるほど優しい月光の中で、僕は暫く静かに泣いた。
















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