少しずつ、ワタシの記憶は喪失していく。
ソレが目下のところ、一番の問題だ。
自分が知っている自分がいなくなっていく。
自分が自分で判別出来なくなる。
ソレが何よりも恐ろしかった。
――――――貴様は何れ、いなくなる。ならば今のうちに死んでおいた方が貴様の為ではないのか?
あの女はそう言い放った。
まったく、失礼な奴だ。
たとえワタシがいつかいなくなったとしても、彼はそんなワタシを必要としてくれている。
だったらワタシは最期まで生きてやる。
最後の最期まで、踠いて、足掻いて、精一杯生きてやる。
――――――くく、まぁ、そうしたいならそうするがいいさ。だが、きっと貴様は後悔するであろうな。………いや、後悔出来るほどの記憶が残っているかどうか。
うるさい、黙れ赤毛女。
あんた髪が長すぎなのよ、鬱陶しい。
そんな事を考えながら、ワタシは不意に手のひらを見てみた。
………キモチワルイ
曖昧な思考に埋もれた本能がそうつぶやく。
なんだか、自分の手じゃないようだった。
こんなに自分の手って気色悪いものだったかしら?
次に鏡に自分の姿を映してみる。
其処に映っていたのは、自分、と言うにはあまりに気色悪い何か。
その姿は余りに醜悪極まりなくて、ワタシは思わず吐きそうになった。
しかし其処で不意に鏡の端っこに映る何かに気がついた。
振り返ってみると、其処には男の死体。
知りもしない男が自分の部屋にいる。
如何してだろう――――――?
誰、殺したのは。
まったく人の家にこんなモノを捨てていくなんて、失礼な話だ。
しかもこれから、ワタシの大切な人が来るというのに、こんなものが転がっていては家に上げられないではないか。
ワタシはしばらく文句をずっと垂れていたが、不平を述べたところでゴミが無くなりはしないので、仕方なくソレを片付けることにした。
とりあえずこのままでは大きすぎて袋に入らないので、そのゴミを細かく切り分けていかなくてはならない。
ワタシは工具箱から鋸を取り出して、作業に取り掛かろうとすると、そのゴミがつけていたネックレスが何故か気になった。
よく観察してみると、矢張りそのネックレスは今ワタシがつけているモノと同じだ。
ワタシはその指輪をゴミから除き、再び切り分けの作業に入った。
ぎこぎこ
ぎこぎこ
ぎこぎこ
………………
ふぅ。
少し、疲れた。
如何して如何して、こんなにも切りにくいんだろう、このゴミは。
やっとのことで六つに分け、袋に入るぐらいのサイズになったからいいものの、代わりにワタシの腕はパンパンだ。
明日あたり、筋肉痛になるかもしれない。
………まぁそれはさておき。
早くコレを捨ててこよう。
早くしないと、彼が来てしまう。
ゴミを捨て、家に戻ると少し部屋を整理した。
普段小まめに掃除をしているので、そんなに時間はかからなかった。
さて、いよいよ後は彼を待つのみである。
ワタシは胸を躍らせる。
今日は彼の買ってくれたお揃いのネックレスをつけている。
コレを見たら、彼はなんというだろうか。
驚くだろうか。
喜んでくれるだろうか。
彼が来るのが、すごく待ち遠しい。
ワタシの記憶はどんどん消えている。
最終的には全ての記憶が無くなって、ワタシはただの死体になるだろう。
それでも。
それでも、最後の一瞬まで、彼と一緒に、彼の事を憶えていたいと思う。
だって彼はワタシにとってのかけがえのない人。
決して忘れたりはしないだろう。
廃棄寸前のワタシ(可燃ゴミニ非ズ)
あれ?そういえば、彼の顔ってどんなのだったっけ?
何故だか、さっき捨てたゴミが思い浮かんだ。
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