今日は、少し変わった趣向に挑戦してみるとしよう。

レッツ・実験。

今日するのは『麻酔なしの解剖実験』。

まずは爪を裏返し、

皮膚を一枚一枚剥ぐ。

次に眼球を逆様にし、

歯を一本一本低丁寧に愛でながら引き抜き、

耳と鼻に釘を打ち込む。

その間、モルモットがあまりに五月蠅く鳴くので、

舌を引っ張り出して裂いてあげた。

モルモットも静かになったところで、次はソレの女性器に鉄パイプを突っ込み、中から押し広げ、

アジの開きみたいに大きく開いた腹から見える内臓を愛撫しながら、

一つずつ愛おしく引き抜いていく。

目の前にあるそれは最初こそ悲鳴やら奇声やら嬌声やらを上げていたが、やがて動かなくなってしまった。

だが僕はそんなこと気にせず実験を続ける。

続ける。

続ける。

続ける。


実験を、続ける。








――――――という、夢を見た。
 がばっ、と彼――――――獨無迷路は身体を起こす。
其処はとあるマンションの一室。
デザイニングマンションというモノらしく、壁はコンクリート剥き出しで、そこにはいくつか色違いの灯りが設置されている。
「………ひゃはは。随分と厭な、夢を観ちまった」
随分と軽薄で、酷薄な声色。
彼はまるで悪夢を見たという事実さえ面白がるように、嗤う。

ひゃははっ。

だが。

その嗤い声は、一体だれの嗤い声だっただろうか?

「………ひゃはっ、戯言だよな………」
本当に、戯言だ。
この世界に彼はもういない。
なればこの思考は愚考に他ならない。
荒唐無稽も甚だしい。
「………」
………いや、だが。
だがしかし。
偶にはそんな下らない思考に身を委ねてみてもいいかもしれない。
言葉遊びというのはあまりオレのおあつらえ向きではないが、まぁ誰かの真似というのも悪くない。
どうせ有り余った時間。
余暇を如何過ごそうが、誰も文句は言わまい。


――――――ある一人の男の話をしよう。
彼は誰にも理解される事無く、誰一人理解できない侭に、その人生を終えた。
それほどまでに彼の人生は逸脱し、常軌を逸していた。

因果応報。

そんな言葉があるように、その人生の生成には必ず何らかの原因が絡んでいる。
そして彼は場合、その要因は彼の性質にあった。

人を殺さなければ、生きられない

これを聴いた者は誰しもがおそらくこう考える事だろう。
なんてくだらない、そんな馬鹿げた事があるわけない、と。
だがそれはなんの遜色もなく、まごう事無く真実だ。
彼は真実、人を殺さなければ生きていけなかった。
それは例えば三大欲求と同じように。
それは例えば基本欲求と同じように。
人を殺すことで、彼は呼吸をすることが出来た。
それは生まれた時点で既に、運命付けられたこと。
運命付けられたから、何も疑わずに歩んできた。
故に彼はそれ以外の生き方を知らなかった。
生き方の比較対象がなかったから、彼は自分が既に外れているとは気がつかなかった。
比較対象がなかった――――――つまりそれは彼の周りに比べるべく人間がいなかったということ。
そしてさらに突き詰めてしまえば、それは彼が生まれた時点で自分の両親を殺していたということ。
父親は元から存在せず。
母親は彼を生んだ時点で死んでいた。
そんな幸福とは程遠い出生を経験した彼はその後路上生活者である一人の男に拾われ、その男に育てられる事となる。
彼がその男を殺さなかったのは、おそらくは奇跡である。
もしかしたら彼の中に潜む生存本能がその男を殺しては自分は生きてはいけまい、と彼に強く警鐘を鳴らしたのかもしれない。
ただ単に彼の気まぐれだったのかもしれない。

何はともあれこの浮浪者は実に運がよかった。
生涯彼の異常性を知らずに済んだのだ。
それがどれ程の奇蹟であるか、それさえも知ることはなかったが。
まぁしかし、それでもその男は十分に幸運といってよかった。

当然。
彼は殺人自体を止めていたわけではない。
その浮浪者が寝入った後、彼はよくテントを抜け出して人を殺していた。
殺し。
殺し。
殺し。
そしてただ殺すだけではつまらない、と。
彼は何時しか実験という名の殺人様式をとるようになった。
死に到らない程度の傷を身体全体につけてみたり。
目や脳を刳り貫いて、その人間に喰わせてみたり。
焼き魚のように身体を開いてみたり。
彼は様々な事をした。
彼が云うところの――――――実験。
それは徐々に破目を外していき、逸脱していく。
そして気がついた時には。

彼は完全に人間以外の生き物になっていた。
残ったのは幾百の残骸。
残ったのは幾千の屍。
ソレを見て。
彼は知ったのだ。
自分が人間ではなかった事も。
自分がヒトゴロシであった事も。
そして。

――――――此処に、稀代のヒトゴロシの誕生である。

ヒトゴロシはその名に恥じぬよう、生涯人を殺し続けた。
手の色が判らなくなる程、
顔の造型が分からなくなる程、
世界の姿が解らなくなる程。
彼は人を殺し続けた。
そう。
彼は死ぬまで自分に課せられた使命を果たし続けたのだ。
今にして思えば。
彼は我ら全人類にとって、一種の自殺因子なるものだったのかもしれない。
アポトーシス。
地球上に増殖しすぎた人類を元のカタチに収める為に、生命を内から自壊させる。
人類に共通する深層意識。人類の根底に潜む集合的無意識。
それは時に、種の保存の為に個を殺す。

その具現たるが、彼、ヒトゴロシ。
確定は出来ないが、確信は出来る。
何故ならオレは。
オレも。ヒトゴロシになる可能性を孕んでいるからだ。

――――――オレはヒトゴロシとして、この世に生を享けたのだ。

その為に造りだされた。
そのように構成されている。
胎児(エンブリオ)として、オレは誕生した。

だからなのだ。
だから、だから。
オレは彼を理解できる。
オリジナルより洩れでたコピーである故に。
そして理解できるから、赦せなかった。
彼が赦せなかった。
彼の生き様が赦せなかった。
彼の人生が赦せなかった。
もしかしたら自分がそうなっていたかもしれない、そんな合わせ鏡である気がして。
オレはその全てを赦さなかった。
そして何よりも哀し過ぎるその姿は。
あまりに、見るに堪えなかった。
だからオレは彼を――――――殺した。

――――――それでもオレはあの結末を後悔している。
あんな出来損ないで、不出来で不実で、何の救いも無い男を殺してしまった事を。
オレはまだいい。
オレはもう既に諦めている。
だが彼は違う。
諦める機会すら、与えられなかった。
何も知らず、何も解らず。
選択も出来ないままに。
人を殺し、殺された。
彼の犯した罪は決して消えはしない。
彼の所為で一体どれだけの人々が涙を流しただろうか?
彼の所為で一体どれだけの人々が己の無力を祟ったろうか?
それでも。
そうだとしても。
せめて、彼には人として死んでもらいたかった。
ヒトゴロシとしてではなく。
ヒトとして、彼には人生を終えてもらいたかった。
もしもう一度あの刻に戻れたのなら――――――今度は違う結末を迎えられるのだろうか?


ハッピーエンドとはいかなくとも、どうかトゥルーエンドを。


オレは今度こそ、正しく判断を下せるのだろうか――――――?






コンコン

寝室の扉が軽くノックされる。
こうやって律儀にノックをするような人間を迷路は一人しか知らない。
「ただいま着替え中なんで入らないでください」
「失礼するぞ」
「きゃー!朔夜のエッチー!」
「………」
姿勢良く入ってきたのは蘆枷朔夜。
メイと迷路の相棒。
そして七曜の末裔。
数少ない、魔術師の一人。
「なんだ、随分と気だるそうだな。しかもメイの方じゃないか。普段からランニングハイみたいなお前が、これまた如何して」
「ひゃはは、オレ様にもおセンチになりたい時があんだよ」
「ほぅ、その矮小な脳みそでも何か思うところがあると」
「おや?おやおや?いいのかな?そんなこと言っちゃって。この脳みそはオレ様のものであると同時にお前の愛しの迷………」
「前言撤回。さすが迷路君の頭。考えることが違う。尊敬に値するよ」
「ひゃは………、お前の身代わりってすげー」
なんかもう形振り構わずって感じ。
「で、用事はなんだよ、朔夜ちゃん。内容によっちゃぁ相方に代わってやらんでもないぜ」
「仕事だよ、メイ。優衣さんから依頼がきた」
「っ………!」
途端メイの貌が引き締まる。

仕事。

新しい、仕事。

「………ひゃはは!待ってたぜぇ、その言葉!」
メイはベッドから飛び降りる。
継ぎ接ぎだらけのTシャツに、ブルージーンズ。
彼は口を裂きながら嗤う。
「場所は?」
「………聞いて驚くなよ?なんと、あの、宴町だ」
「うわっ!?マジかよ」
宴町。

蒼色が嘘をつき、鴉が剥げた翼を広げ、橙に錆びた地球儀が廻る彼処。

天使が翼を休め、傍観者が舞台に加わり、人形が今にも壊れそうな彼処。

「あの宴町、ね………」
偶然にしては出来すぎた、必然にしては自然すぎた、事の成り行きだ。
あまりに、出来すぎている。
ある時。
一人の失格はソレをこう纏めた。

――――――本当に、因果である、と

ならば。
今しばらくその言葉を借りさせて頂くとしよう。
その言葉は、真実この状況を最もうまく言い表せている。


「ひゃはは、なんだかほんと――――――因果だよな」


そう言って、彼はその無機質な部屋を後にした。




獨無迷路はまだ知らない。
彼が視たその断簡零墨な夢も、彼のその荒唐無稽な戯言も。
全てが全て、因果の糸により絡めとられたモノであると――――――














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