世界なんて、退屈だ


特に何かがあるわけでもなく、何かが起こるわけでもない

それなのに、眼の前にはただただ底無しの現実が広がっているだけで

其処には誰それの語る希望など無いし、其処には彼これの嘆く絶望すら無い

あるのは余りに呆気無く、可笑しいぐらい平坦な日常だけ

………嗚呼、本当に、下らない

下らな過ぎて、反吐が出る

退屈過ぎて、酸欠になってしまいそうだ


それでもおれ等はこの日常を生きている

そしてそれはきっと、これからも


この駄作で弩三流のこの世界を、おれは厭々生きていくのだ



















×××





ジリリリリリリリリリリリ

「………」

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ

「………」

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ


ばたん!

だっだっだっ

ばちん!

「あ―――!もぉ、お兄ちゃん!!目覚ましぐらい自分で消しなさいよって毎回言ってるじゃん!ってゆうか絶対お兄ちゃん起きてるでしょ!!」
妹にたたき起こされ、おれはようやく眼を開けた。

おれの名前は文月真尋(ふづきまひろ)。
今年の春に入学したばかりのぴかぴかの高校一年生である。

………はい、自己紹介おわり。

おれは深霄の方に顔を向ける。
「………うん、おはよう、深霄」
「え………、あは、おはよ………………、じゃなくって!!さっさと起きてご飯食べないと遅刻しちゃうぞ!!」
「はーい、………了解であります妹様」
「んもぉ、少しはしっかりしてよね!もう高校一年生なんだから!!」
そうぷりぷり眼の前で怒ってらっしゃるのは我が妹、文月深霄(ふづきみそら)。
淡色の茶髪を後ろで結わき、前髪を蝶をモチーフにしたピン止めで押さえる彼女の肌はきめ細かくその顔立ちは整った造型をしている。

おそらく学校内でもトップ10には入るであろうそんな彼女が自分の妹で、しかも毎日起こしてくれるなんてとても幸せではないか

………と朝の憂鬱を紛らわせるために色々と思考を巡らせたりと無駄な抵抗をしてみるおれ。

「ちょっと、お兄ちゃん!!ちゃんと深霄の話、聞いてるの!?」
「ん………、あぁ、ごめん。聞いてなかった」
そう正直に言うと、大げさに肩を落として溜息を吐く深霄。
だが、深霄は何か思いついたのかすぐに顔をあげる。
「………あ、まさかお兄ちゃん。毎日可愛い妹に起こしてもらいたくて、わざと目覚ましを消さないようにしてるとか?」
「………うん、そうそう」
いきなり何を言い出すのかと思ったが、変に突っ込んで深霄の気分を損ねるのも何なので、おれは適当に返事をする。
しかし彼女はまんざらでもなさそうに身体をくねらせて、頬に手を添える。
「もぉ………、しょうがないなぁ、お兄ちゃんは〜。この、甘えんぼさん♪」
深霄はおれの鼻を人差し指でつん、と小突く。

「………」

………まぁ、妹の機嫌がいいのはいい事だ。うん。













顔を洗ってまだ新しい制服に着替えると、ダイニングには既に朝食が用意されていた。

深霄の作った朝食が、用意してあった。

「お兄ちゃん、早く早く。せっかく深霄が作ったご飯が冷めちゃうよー」
「………はい」
おれは座ってテーブルに置いてある品々を見渡す。

………うん、相変わらず見た目は美味しそうだ

「それでは」

「「いただきまーす」」

深霄は手を合わせると、美味しそうに朝食を頬張っていく。

さて、おれも食べるか

おれはしばらく合掌ポーズのまま停止していたがいつまでもそうしているわけにもいかないので、箸に手を伸ばす。

「………?どうしたの?お兄ちゃん、ご飯食べなよ」
「………ん、あぁ」

………

何故か身体が動かない

いや、こんなに美味しそうなご飯なんだ。早く食べよう

おれは拒絶する身体に鞭打って、一口。

ぱくり

「――――――っ」
































………おぉ、びっくりした

今、確実に意識飛んでたぞ

「お兄ちゃん、美味しい?」
「………うん、美味しいよ」


突然だが。

おれの妹、文月深霄は完璧超人である。

容姿端麗で頭脳明晰、おまけに面倒見もいいし器量もいい。

彼女はまさに、完璧なのだ。

ただ一つ、ある一点を除いては――――――


「はは………、はは………」
「大丈夫、お兄ちゃん?いきなり笑い出したりして………」
「いや、あまりに深霄のご飯が美味しいから………」
「キャー!もぉ、どんどん食べちゃってー!!」
ずいっと差し出される見た目いかにも美味しそうなおかず。
おれは半ば涙腺を緩ませながら、ソレを受け取る。



………そう、彼女のつくる料理は外見からは想像出来ないような劇的不味さを持っているのだった。
しかも彼女自身味音痴というオマケ付き。



「えへへ、おいし?」
「………うん」

仕方が無い。

仕方が無いさ。

そもそも今日は母が朝からいないことを忘れていたこのおれがいけないのだ。

これも兄としての責務というものだろう。

いや、深霄に不貞腐れるのがただ面倒くさいだけか。



「深霄」
「なーに?お兄ちゃん」
「今度からお母さんがいないときは、お兄ちゃんがご飯作るから」

「え?なんで?」




















「ちゃんと鍵は閉めましたか?お兄様?」
「勿論持ちましたとも、妹様」
「よーっし、じゃぁ行こっか」

おれと深霄は家の戸締りを確認すると学校へ向けて家を出た。

見上げると空は既に蒼く彼方に広がり、小さな鳥達が群を為して飛んでいる。

「どうしたの、お兄ちゃん?」
「ん………、いや、鳥はのん気でいいなってね」
おれがそう言うと、深霄は眉を吊り上げてこちらを見る。
「もぉ、如何してお兄ちゃんはそんなに脱力してるのかな!!ほら、もっと気合入れて!」
「んあー………」
「あーあ、昔のお兄ちゃんはそんなんじゃなかったと思うんだけどなー。どこで育て間違えちゃったんだろ」
「………」
育てられた覚えないんだけど。
まぁいいか。


………昔の、おれ、か。

今と違うと言ったら、確かにそうかもしれない。

あの頃は無知だったから、恐いモノなんて何もなかったんだ。

何も恐れず、何も畏れず。

ただただ希望と夢に溢れた虚夢だけを視ていた。


でも、あの頃の“俺”は、もういない。

あの日、おれは初めて現実を理解し、そして“俺”は“おれ”になったんだ。



「―――――――――昔のおれなんて、憶えてないよ」
「あ、お兄ちゃん、待ってよ!」

大股で歩いていくおれの後ろを頭二つ分小さい深霄がとてとて引っ付いて来る。

そんな彼女を視界の端っこに捉えながら、小さくもう一度呟いた。



「………憶えてないよ、昔のおれなんて」


と、おれがそんな感じで黄昏ていると後ろからマイシスターが強く裾を引っ張ってきた。

「ん?」
「………お兄ちゃん、また中学生から始めるつもり?」
「へ?………あ」
そこで気がついた。

おれはなんと妹の通う中学校――――――つまりおれが前まで通っていた中学校に向かおうとしていたのだ。

「………ごめん、ボケてた」
「もぉ、さっきからずっと呼んでんのに、お兄ちゃん全然反応してくれないし!だめだめじゃん!!」
「あららぁ………」
だからさっきからずっと呼んでたのね。

一人納得するおれ。

あー、なんかボケけてんなぁ。
………いや、確かにいつもボケていないってわけじゃないけど。


「じゃぁここでお別れだね」
「うん………」
そう言うと、深霄は何故か眼を閉じる。
若干背伸びもしている気がする。

………なんだろう。
少しその顔をじっくり観察してみる。

「………」
じー
「………」
じーー
「………」
じーーー
「………」

おれがそうやって彼女の顔を眺めていると、突然深霄はキッと眼を見開いておれの頬を抓り出した。
「うー、この馬鹿兄貴ーー!!」
「ひたたたた!?」
「くのくのくのぉ!!」
「いたひ、いたひよみそりゃー!」
「ばかばかばかぁ、うわーん!!」

赤くなるまでおれの頬を引っ張ると深霄はようやく手を離した。

「いたたぁ………」
「………う〜」
なんで睨むかな、この子は。
よくわからないんで、おれはとりあえず深霄の頭をぽんぽん撫でた。
「はい、いいこいいこ」
「う〜〜………、お兄ちゃん、ずるい………
「ごめんごめん」
「む〜………、お兄ちゃんなんか知らない!」
「あ、おい………」
だだっ、と走り去る深霄。

その後姿はどんどん小さくなっていく。

………相変わらず走るの早いなー。

通行人の目がみんな点になってるよ。

明日の回覧板で『謎の高速移動生物、宴町に出現!』とかあったりしてね。



「いいよなー、てめぇにはあんな可愛ーい妹がいて」
「うーん、まぁ確かに可愛らしい顔してるよね」
「なんだよ後ろからいきなり話しかけられて驚かねーのかよ。つまんねー」
振り返る。
そこには同級生の七種静可(さえぐさしずか)が立っていた。
身長は170弱。
髪は金髪に染められ、いかにもって感じの人である。
「静可くん、今日は珍しく早いね」
「しゃーねーだろ?男には色々事情ってもんがあんだよ」
「へー」
「うわ、興味なさそ!」
「あるよ、あるあるー」
「てっめー、バカにしてんのか………」
そんな事を言いながら、うな垂れる静可。
しかしそれも束の間、静可はすぐに顔を上げる。
「でもよ、うちのガッコって実際可愛い子多いよな」
「ん?ん〜………」

どうだろう。

今までそんな風に女の子たちを見たことがなかった。

だからよくわからない。


なんて事を考えていると、前に見慣れた姿が見えてきた。

「お、鈴音ちゃんじゃん、おっはー」
静可がそう言うと、彼女は髪を靡かせながら振り返った。
「あ、七種君、それに真尋も。おっはろー」
彼女の名前は鈴音辿(すずねてん)。
少し低めの身長にツインテールが特徴の彼女は実はおれの幼馴染であったりする。
彼女とは幼稚園、小学校、中学校、そして高校までずっと一緒だ。
よく考えるとものすごい腐れ縁だよね。

ま、どうでもいいけど。

「でさでさ、何の話してたの?」
「んー、んや、うちの学校は可愛い子多いななんて」
静可がそう言うと、辿は嬉し恥ずかしそうに身体をなよらせる。
「いやーん、もしかしてそれってあたしのこと?うふー、恥ずかしいよー」
「は、何言ってんだろね、このテンテンは」
「テンテンって言うなっての!!」
「ぐふぅ!?」
静可はテンテン………、もとい辿の裏拳を喰らい、苦しもがいている。


可愛い、ね。

おれは辿の顔を改めて見る。

「………」
「ん、真尋、どしたの?」
「………」
「え、え?」
「………」
「な………、なにかな………」
「………辿って、可愛いね」
「へっ!?」
うん、そうだ。
鈴音辿は多分可愛い。

大きく丸っこい瞳に小さく整った鼻、ぷっくりと幼いながらも熟し始めた唇と艶やかさには欠けるがそれでも繊細な髪。

妹を綺麗と形容するなら、辿はまさに可愛らしい。

「………ん?」
見ると、辿の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
口を半分あけてわなわな震えている。
「ななな、何よ、いきなり!!」
「いや、事実を述べたまでだけど………」
「――――――っ!!」
辿はますます顔を赤くさせる。
うわー、なんかゆでだこみたいだなー
このまま茹で上がっちゃったらどうしましょ。
「ばかーーー!!」
「いたっ」

辿がおれをばしばし叩きだす。

ばし

ばし

ばし

ばし

………これ、結構いたいよ………?

というか妹といい、辿といい、どうしてどうして女の子ってのはこう、人を叩きたがるのだろう。

いずれ彼女らにおれは殺されてしまうのではないだろうか

「いたいたっ………、ほら、早くしないと学校遅れるよー………?」
おれはさりげなーく先を促す。
その言葉に辿は腕時計を見る。
瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。
「………やばっ………」
「え?」
「あと五分で予鈴が鳴っちゃう」
「「………は?」」
その言葉に、静可も顔を蒼くする。

「やっべー!!走んなきゃ間にあわねーぞ!!」
「はしろ!ほら!真尋も早く!!」
「え………、いや、もぉ間に合わないんじゃないかな。たぶん走っても手遅れだよ」
「何いっとるかー!!ってかてめぇはただ走るの面倒なだけだろーが!!」
「ぎくり」
「ぎくり、じゃないの!ほらほら!!」

おれは静可と辿に手を引かれながら、学校への道を急ぐこととなった。















裏返シンメトリー
This is ordinary and dull story.
But it was named Love by her.
















おれ達は間一髪、ホームルームに滑り込んだ。
五分間の全力疾走。

正直なところ、もう死んでしまいそうです

「はぁ、はぁ………」
「はぁ、は、真尋、お前疲れすぎだよ」
「ひぃ、ひぃ………、そーいう静可くんだって息きれまくりじゃなーい?」
「テンテンもな………」
「テンテンって言う、なぁ………」
三人ともへとへとで、おれ達は揃って机に突っ伏す。
「おい、何うつ伏してるのだクソ餓鬼ども。欠席にすんぞ」
だが、おれ達の一瞬の安らぎはドスの利いた担任の声によって妨げられた。
おれは仕方なく顔を上げる。

そこに立っていたのはいかにも不機嫌そうに眉間に皺を寄せる二十歳中ごろの女性。
もとい、我等が先生、春夏秋冬 廻。
読める?
いちとせまわり、と読みます。
すっごい名前だよね。
というか四季を廻るって、少し風流な名前じゃない?
きっと彼女のお父さんはセンスが良かったんだ。
ま、どうでもいいんだけど。

「兎尽月ー、兎尽月はいないのか」
廻先生の声が耳に入る。
おれはなんとなく教室を見回す。
そこにはやはり兎尽月黒の姿はない。

そっか、あの人また遅刻か

――――――!!

ん、今声が聞こえた気が………。

オレ、いま――――――す!!

んん………、やっぱり聞こえる。

耳どうかしちゃったのかな。

と考えていると、突然大きな音を立てて教室のドアが開いた。

「おはよーございます!兎尽月黒、出席です!!」
「遅刻だ、鈍間」
「いてっ」
廻は出席簿で彼の頭を叩く。
クラスメートの間では「はは、また遅刻かよー」「兎尽月、遅いぞー」という言葉が行き交う。
「いや、今日もちょっくら人助けをしてまして………」
「ほぉ………、人助け。貴様は何回人を助ければ気が済むのだ」
「いや、正義の味方は忙しいんですよ………」
「ほざけ、糞餓鬼め」
ぱこーん

再び頭を叩かれる。
そしてまた巻き起こるざわめき。
おれは先生の眼が彼に向いているのをいい事に、再び身体を机に預ける。

ふー、疲れた………


………あ、忘れてた。

彼の名前は兎尽月黒(とつきづきくろ)。
真っ黒な髪に真っ黒な目。
まさに彼の名前をそのまま形にしたかのような容姿だ。
ついでにすごい社交的な性格でもう既に友人も何人か作っているみたい。
すごいよねー。

そんな兎尽月はいつの間にか先生から開放されたのか、自分の席に向かって歩いていく。
すると何故か隣りの女子が騒ぎ出した。

「………ほら、葵!」
「う、うん………」
………なんだろ。
おれは顔を机にうつ伏したまま、耳を少し傾ける。
この声は………、辿と弥束衣か。
何を話してるんだろう。
なんか辿が弥束衣を勇気付けてるみたいだけど。
「………と、兎尽月くん、お早う…」
お、弥束衣が兎尽月に話しかけた。
「ん…、あぁ、お早う、弥束衣」
「え、えへ………」
「?なんだよ、オレの顔なんかついてるか?」
「うぅん、なんでもないよ!今日も一日よろしくね!」
「………?あぁ、よろしく………」

………なんだろ、この二人の雰囲気は。
弥束衣の声が普段よりすごい可愛い気が………。


………ま、いっか。

おれには関係ないさ。

恋だの、愛だの、そんなのおれには関係ない。

意味の無い思考に、意義のない憶測。

そんなのおれには要らないんだよ。


だから、おやすみなさい。


さて今日も一日、退屈の苦痛に耐えるとしよう。












第1話 

Disorders of the mind























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