――――――頭ガ、割レソウダ



熱に酔い痴れ、文明が荒廃しきった世界。

その中、オレは一人歩いていた。

足取りは自分でも呆れてしまう程に頼りなく。

視界は自分でも厭きれてしまう程に定かでない。

そんな曖昧な思考のまま当ても無く歩いていると、目の前に赤色の湖が見えてきた。

………あぁ、ちょうどいい。ちょうど今喉が渇いたと思っていたんだ。

オレは足を湖に向ける。

だがその進行方向に、一人の女の子が立ちはだかった。

――――――お兄ちゃん、そっちには何もないよ

彼女はそう言って、オレの裾を引っ張る。

何を言っているんだ、あんなにも綺麗な湖が広がっているじゃないか

オレがそう言うと彼女は首を傾げ、不思議な事を言った。

――――――何を言っているの?湖なんて無いよ、お兄ちゃん。それにそっちに行ったら、きっと戻って来れないよ

何を言っているんだこの子は。



戻ってこれるさ。なんなら帰ってきて君にキスをしてやったっていい

オレは彼女の手を振りほどく。

その拍子に、ぽとんと彼女の手が取れた。

――――――あれ?

見てみると、其処にあるのは一つの死体だった。

蝿が集って、なんだか気持ち悪い。

気持ち悪いキモチワルイ。

キモチワルイから、オレはソレを蹴り倒した。

蹴り倒すと今度はそれは姿をぐにゃりと歪め、その黒い何かは足に絡みついてくる。

オレが踠けば踠く程、足掻けば足掻く程、それはまるで蛇のように執拗に絡みつき、

それでもなんとか湖へ辿りついたオレは水面を覘きこみ、気がついた。

その赤色の湖に映っているのは一人の人間ではなく、とっくに腐り爛れた死に損ないの姿で。



つまりオレは遠の昔に死んでいたらしい













「――――――っ」

眼を開けると其処には葵がいて、そこで黒は自分が彼女に膝枕されていることに気がついた。

「………葵?」
「あ、くろ」
葵の手には濡らしたタオルが握られている。
どうやら、彼女は黒の汗ばんだ身体をタオルで拭ってくれていたらしい。
「………お前ずっとこうしてくれてたのか?」
「うん、くろがすごく苦しそうだったから……」

ど、くん

えへへ、とはにかむ彼女の姿に、黒は思わず眩暈を覚えた。

「――――――葵」
「ひゃっ?!く、くろ………?」
黒は葵のその華奢な身体を強く抱きしめる。
強く強く。
それは壊れてしまうくらい、強く。
「く、くろ、苦しいよ……」
「葵、葵葵………」

きっと、壊れてしまえばいいと、思っていた。

こんな出来損ない、壊れてしまえ、と。

「畜生………畜生………」

こんなの嘘だ。

それは本当のキミじゃない。

キミはオレなんかじゃないもっと違うモノを見ていなくてはいけないのに。

キミの瞳にはもうオレしかいない。

オレは――――――葵の全てを滅茶苦茶にしてしまった。

「畜、生………」
「くろ………」
そんな黒の頭を、葵は優しく撫でる。

「大丈夫だよ、くろ。わたしは、何時だって此処にいるから」

「………葵」

………違う。

違うんだ、葵。


オレが求めているのはそんな言葉じゃない。


オレが求めているのは。


オレが求めているのは――――――




「あお姉、来たですよーっ!」
「!?」
突然、ドアを叩くねじれの声がした。
黒は思わずびくりと身体を震わせてしまう。
「あー、ねじれちゃーん、入って入って」
「うおっ、ちょ、待て!?」

………マズイ。

今入られては非常にマズイ。

いや、何がマズイって、こんな風に女の子に抱きしめられて慰められている姿なんて彼女にみられたらオレの男としての尊厳は一瞬にして壊れてしまう気がする。いや、絶対だ!

「てぃ!」
「あ、くろっ」
「こんにちはーっと、………何してるですか、くろ兄………」
あからさまに慌てている黒。
そして少し寂しそうな葵。
そんな二人を前にねじれは首を傾げる。
「い、いや?何もしてないデスヨ?なぁ、葵」
「んー。………くろってば、いじわるかな………」
「??」
「あ、う、そ、そうだ!ねじれちゃん、なんか葵に用があるんじゃなかったのか?」
「………あ、そうでした!」
しどろもどろになりながらも話を逸らそうとする黒。
するとねじれは思い出したかのように声を上げる。

………うん、本当に、この子が単純でよかった

黒は心の底から、そう思うのであった。













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