「ち、くしょう、どうなってやがる………!!」
黒は二度目の眩暈にうんざりしつつ、状況を確認しようと辺りを見回す。

だが黒が状況を把握するのに、然して時間はかからなかった。

「………おいおい、マジかよ………」

やたらすっきりしてしまった視界。

今まで視界の大半を支配していた人の群れ。

それはいつの間にか半分に減っていた。

………いや、減ったのではない。

半分の人間が、跡形も無く消えてしまったのだ。

「ちぃ………。ぐだぐだしてる時間はないみたいさね………」
「栞………」
横を見る。
其処には先と変わらず栞が座り込んでいた。
見ると、さっきと同じように栞の周りを朔夜達が囲んでいる。
黒は一先ず安堵する。

………よかった、どうやらこいつ等は全員、無事のようだ。

「しかし………、これは何なんだ?いきなりまた人に変化が起きたぞ」
「まぁコレも個人差あるんだけど、彼の魔術ってのは波みたいなものでね、常に変化を齎すんじゃなく、一定周期で作用しているんさ」
「成る程ね………、ってことはこの後、第三波が来たっておかしくないと」
「その可能性は大だね」
「なら尚更早くその発生源とやらを見つけて何とかしないとな」
黒は頭を掻く。
「で、何処なんだよ、その魔術の出所ってのは」
すると栞は一呼吸置いて、
「………神社の本堂だよ」

そう言った。















「まったく………、ほんと栞さんは無理をする………」
「あはは………、ごめんよ」
朔夜は栞と契と一緒に腰を下ろしていた。
一時的にとはいえ盲目と成った栞の身を案じて、朔夜は其処に残ることにしたのだった。
契は暇そうに地面に絵を描いている。

「………よかったんですか、ねじれちゃんを行かせちゃって」
「………彼女が望んだ事さ、温かく見守るのも仕事の一つだよ。それにカラスくんがついてる。危険な事はないよ」
そう言いながらも、しかし彼女の顔は苦渋に歪む。

本当は、行かせたくないのだろう。

あのまだあどけない少女を、本当は抱きとめたいのだろう。

それでも、栞は最終的に彼女の想いを優先した。

栞は彼女に後悔させたくなかった。


そんな彼女の思慮を考えると、朔夜は何も言えなくなる。
故に彼女はただ栞の言葉に頷くしかなかった。
「………そうですね」

――――――しかし。

一つ、気になる事がある。

《月硝子》、兎尽月黒。

如何して彼は、あの音締ねじれが一緒に行くと言い出した時に、止めなかったのだろう。

普段の黒なら絶対に止める。


何しろ彼は。


誰かが不幸になるのを最も憎悪するのだから。

















詰まる所。

彼――――――彩柳綾人の平穏は、余りにあっさり打ち砕かれてしまった。

何時もの様に学校から帰ってきて、彼がただいまを言う前に、ただいまを言う相手は既に人のカタチをしていなかった。

毎日が穏やかで、平凡で、それでもその毎日は当然のように幸せだったのに。

ソレは突然、家族と一緒に、奪われてしまった。








「わたしは、彼から幸せを奪った人が赦せない」

ねじれは走りながら、悲しそうにそう言った。

自分が得られなかった幸せ。

自分が取り戻せなかった日々。

だからこそ彼女は、彼には幸せになって貰いたかった。

彼の幸せを奪われた事が何よりも赦せなかった。

「ねじれ………」
「だからせめて、せめて、綾人くんはわたし自身で楽にしてあげたいですよ」
ねじれは俯く。
黒はそんな彼女の頭をぽんと撫でてやった。
「………くろ兄」
「………そうだな、絶望に囚われた綾人くんを、救ってやろう」
「………は、はいです!」
ねじれは顔を綻ばせた。

――――――………ったく、安っぽい言葉だよな、ほんと

まるで駄作のサクセスストーリーを観ているよう。

在り得ない奇跡を重ね、出来損ないの幸運が味方する、まさにご都合主義の娯楽演劇。

そんなモノにしか出て来ないような古びた科白をが、如何してこのオレの口からついて出たのだろう。

信じてないくせに。

信じてないくせにそれがあたかも本当のように言うなんて、それじゃ信じてもいない神に祈りを捧げる様なものではないか。


それでも。

それでもその言葉がねじれを少しでも楽にするのなら。

オレは幾等でも嘘を吐こう。

オレは嘘吐き鴉。


今までだってずっとこうして嘘を突き通してきたじゃないか。






走るにつれて、少しずつ本堂の影が大きくなる。
「ん………、アイツ………」
すると、前方に迷路の姿が見えてきた。
迷路の視線は本堂の上空に向いているようだ。
黒は速度を緩めて、彼に話しかける。
「おい、迷路」
「ん………、あぁ、兎尽月くん、やっほー」
迷路は人の良さそうな笑みを浮かべる。
「あれ、優男の方か………。こういう事件が起こってる時にお前が出てるなんて珍しいじゃんよ。どうした?」
「いやぁ………、実は迷路が急に消えちゃって………」
「消えたぁ?もしかしてこの魔術とやらでか?」
見てみると、迷路の左腕には本来繋がっているべき左手も無かった。

ヒトナシメイロ。

左手。

………成る程ね。

変化が二度起きたから、二つのモノが消えるのか。

「………あれ、待てよ。じゃぁ此処にいた人たちが半分に減ったのは………」
「多分その人たちは第一波で[身体の一部分]を、第二波で[存在]を消されちゃったんだよ」
「へー。なら栞たちはなんで平気なんだ?」
「栞さんとか朔夜は魔術師だからね。元々魔術耐性があるんだよ。僕だって一応魔術師の端くれだからこの程度の損失で済んでいるんだ。本来だったらコレじゃ済まないよ」
迷路と黒は下半身と腕が奪われ、泣きながら転がる一人の女性を見た。
黒は唇を噛む。
「………クソ、早く何とかしねぇと。早く、早く………」
「………」
迷路はそんな黒を覗き込む。
「………っ、なんだよ」
「兎尽月黒くん、君は一体、何を盗まれたのかな?」
「は………?」

オレが?

オレが何かを盗まれたって?

迷路は暫く黒を視ると、ついっと眼を離した。
「………急ごう。彼なら、あそこにいる」
「え?」
黒は迷路の視線を追う。
それはさっき迷路が視ていた方向と同じ場所であり、其処は本堂の屋根の上だった。

「屋根の上………、確かにあそこなら眺め良さそうだな………。行くぞ、ねじれちゃん」
「は、はいです!」

少し後ろから追い駆ける迷路はそんな黒の姿を視ながら、一人ぼやいた。

「――――――………ほんと。君はとんだピエロだよ」
























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