――――――彼はね、ある時のある場所で、その生き様を決定付けられたんだ


あの奇妙なスワローヘッドはオレに向かってそう云った。


――――――君がトツキヅキクロに視た歪さはまさにそれだ


ったく、いちいちうるせーんだよ、案山子野郎が。

性格が変わったところであんたの気持ち悪さは相変わらずみたいだな。

――――――異物が此方に溶け込もうとするからじゃない、此方からわざわざ異物に溶け込もうとするからこそ彼はあんなにも歪んでいるんだよ、榊枝樹輔君

はいはい、そうですか。

だからどうしたっていうんですか。

たとえそうだとしたってアイツが気持ち悪いことには変わりねぇじゃねーか。


――――――ということはね。こうも言えるんじゃないかい?兎尽月黒は人間失格ではなく、ただの理想信者である、ってね


だいたい………、なんなんだよ、あんたは。

そんな事オレに言ってあんたはオレに何を求めてんだよ

あんたらの事なんかオレは知らないし、知ったところで関係ない。


オレはコッチ側のニンゲンなんだから

オレはコッチを選んだのだから







「………ん」
「お、やっと目ぇ覚ましたか」
澪は目を覚ますと、緩慢な動作で起き上がりきょろきょろと辺りを見回す。
「………あれ、ここは………」
「神社の外れの公園だよ。………ったく、お前が綿飴食いすぎてぶっ倒れるから大変だったんだぜ?わざわざお前をココまで運んでやったんだからよー」
「綿飴食べ過ぎて倒れた………?え、あれ、わたし………、なんか見たんじゃなかったっけ………?それで………」
「何言ってんだよ、オレ達祭りにずっといたじゃねーか。卒倒するような変なモンがあるはずねーだろ。寝ぼけてんのか?」
樹輔はそう言って澪の額を突っつくと澪はあぅあぅ、と声を漏らす。
「にゃー………、それもそっか………。キスケずっと澪のことみてくれてたの?」
「まぁな」
すると澪は樹輔に抱きつく。
樹輔は突然の事に身体を強張らせたが、すぐに力を抜く。

「んー。キスケ、いい人!」
「はいはい………」

そして樹輔と澪は唇を重ねる。

樹輔は澪を強く抱きしめ、澪もそれに応えるように樹輔の首に腕を回す。

樹輔の腕には、より強い力が籠る。

まるで彼女を引き止めるように、彼女を繋ぎ止めるように。


樹輔はどんな想いで、彼女を抱きしめているのだろうか。


この公園から、祭りの惨事を見る事は出来ない――――――














境内の中でも一際人気のない木陰。

黒が行き着いた先で最初に見たのは、地面に座り込み、眼から血を流す霧束栞の姿だった。






×××






燈崎一族。

七曜の水、メルクリウスの称号を持つその一族は古来からある一つの異形を持っていた。

[識眼]

識眼――――――あるいは色癌と喩えられるソレは燈崎一族のみが持ち得る魔眼である。

その眼こそ、燈崎一族が同属からすら畏れられた理由。


その眼は、〈存在を視る〉

モノの構成、起源、過去、未来、生、死。

ソレはその全てを、余す事無く見透かす事が出来る。

まさに最良の魔眼。

そして本来、今この状況にこそその能力は不可欠であり最適なのだ。


だが。

だがしかし。

現在の燈崎家正統後継者、燈崎かぼちゃはその異能をほとんど行使出来ない。

いや、この表現は不適切だ。

以前の燈崎かぼちゃは、優れた魔眼遣いだった。

四眼全て遣いこなす事の出来る、所謂天才。

だが、何時からか、彼女はその眼を上手く遣えなくなってしまった。

それは彼女の選択がそうさせたのか、元々魔眼の継承自体が弱かったのか。

何は如何あれ、今の彼女は余りに無力だった。



故 に 、 彼 女 、 霧 束 栞 は そ の 眼 を 模 倣 し た










×××



「――――――よーするに、お前の眼は平気なんだな?」
「うん、一日もすればすぐに視力は回復するさ」
眼に包帯を巻いた栞はいつもと変わらず暢気にそう言う。
だがそんな彼女の言葉を聞いて、黒は胸を撫で下ろした。
「はぁ………、安心した。ったくよー、いきなり眼から血ぃ流してたから何事かと思ったぜ」
「はは、心配かけちゃってごめんね、カラスくん」
「まぁいいけどよ。で、どうなんよ。そこまでしたんだから、ある程度如何して今こんな事になってんのか、判ったんだろ?」
「あぁ、そうだったね。契」
「あぃっす!」
すると契はどこから出したのかいつの間にか紙芝居を手に持っていた。
そしてそれを皆に見えるように胸元に掲げる。

題名、『天才助手、楔乃契がみた!事件の真相~序章~』。

そんな斬新すぎる題名の下にはやたら上手いウサギの絵が描かれ、そのウサギが「さすが契様!この矮小な駄兎では足元にも及びません!」と感涙している。

………よく見るとそのウサギの顔にとつきづき、って書かれてるし。

こいつ、マジしばくぞ。

「はい、傾注、傾注!まず、僕と栞はある一つの事件に注目しました。それが彩柳一家殺人事件」
「………あや、なぎ?」
聞き覚えが無い。
黒は首を傾げる。
そんな彼に栞は笑って応える。
「はは、無理も無いさ。時期的に連続バラバラ殺人事件、いわゆるパズル殺人の一連の事件として扱われちゃうからね。一連として大きく話題にあげられることはあっても、一つ一つであげられることはないし」
「ふぅん………、ならまた如何してそんな事件に注目したんだよ」
すると契は嬉々と紙芝居を捲る。
そこには幾つもの家が列を為して描かれ、その最前列の家だけが×マークを付けられている。
「それがですね!!この彩柳一家殺人事件。この事件だけは今までのパズル殺人とは違ったんですよ!」
「………そう、この事件。彩柳家を構成していた四人。父、母、長女、長男。彼等は確かにバラバラに身体を解されていた。でもその死体は、どれ一つ組み立て直されていなかった」
「偶々犯人に余裕が無かったからとかじゃないのか?もしくは飽きたとか」
「パズル殺人ってのは、謂わば犯人の主義趣向の混じった快楽殺人さ。ならわざわざ余裕の無い状態で事を起こすなんて考えにくいし、邪魔が入った形跡も無い。それに趣旨変えするならもっと違う方法を使う筈さ」
「そっか………。そうなるとやっぱ」
「うん、模倣犯か、あるいは全く別の犯人だと思う」
「その通りですーっ」
契はさらに紙芝居を捲る。
今度は二人の犯人が描かれ、一人はナイフを持ち、一人は何故か魔法の杖のようなものを持っている。
「………あれ。それは理解ったけど、それが今回のとどう関係あんだよ」
「それがね、大いに関係あるんさ。あたしがこの事件に最初に興味を持ったのは殺人方法が違ったからじゃない、それはむしろ調べ始めた後にわかったこと。あたしが興味を持ったきっかけは、その事件の直後、一瞬の魔力の発露を感じたからさ」
「へぇ………」

………魔力、ですか

まったく、もうその言葉は聞き飽きたよ

「その揺らぎに気がついたボクと栞は実際にその家に行ってみたんですよ。って言ってもすぐに警察に跳ね返されたんだけどね!ねー、栞」
「はは、まぁ当たり前さね。どっかの名探偵じゃないんだから、そんな部外者がほいほい中に入れはしないよ。でも、確かに其処からは魔力の残滓が洩れ出ていた。ってことであたしは契にその家庭の構成、抱える問題、知人との関わり合いとかその他諸々調べてもらったんだよ」
「で、わかったことは?」
「………何もない、ってことがわかったよ」
「え?」
すると栞は少し肩を竦め、彼女には珍しい、皮肉るようにそう言った。
契は紙芝居を捲る。
「この家には何の問題もありませんでした。家族関係は良好、社交的で友人関係も問題なかったそうです」
「つまりこの家は怨恨によるものなんかじゃなく、無差別に選ばれ、そして殺されてしまったんだ」
「ふんふん………。で、結局さっき言ってた魔力の揺らぎってのは何処行ったんだよ」
「あぁ、そうだったね。少し脱線しちゃったさ。その可哀想にも知りもしない誰かに――――――殺人時刻は深夜だったからたぶん顔すら見れなかっただろうね――――――殺されてしまったその家族四人。でも死体は、ばらばらにされた部品は、寄せ集めても三人分しかなかったそうだよ」
「………なんだよ、それ。一人はその魔力とやらで消されちまったってか――――――、っ」
「あぐっ………!」

黒が冗談交じりにそう言った直後。


再び視界が反転した。











其処から視えるのは、まるで途を閉ざされた働き蟻の如く混乱した人の群れ。

躯を失くした人間達をみて、彼は笑う。


みんなみんな、欠けてしまえ

腕も脚も頭も。

全部全部、消えてしまえ。

そうすればみんな平等。

みんなみんな、欠けている。

そうすれば僕だってひとりぼっちじゃない。

僕もみんなと、一緒。






















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