「な、んだよ………、コレ………」
不憫な被害者、榊枝樹輔は卒倒してしまった澪を抱きかかえながら思わずそんな声を漏らした。
汚泥の様に淀んだ視界
偶像の様に歪んだ人間
蜃気楼の様に薄れた酸素
臓物の様に渦巻いたナニカ
彼の眼に映るのは、視るに堪えない、あまりに不気味な光景。
本来其処に広がるモノとは、あまりにズレた全景。
「………う゛っ」
嘔吐感に堪えながら、それなのに樹輔は何故かその画像から眼を離せない。
その画像は彼に瞬きすら赦さず、ただただ彼を強く病み付きにさせる。
その映像は何処か見覚えのあるもので。
まるで過去のフィルムを重ねているような、そんな――――――
――――――あぁ、そうか
そこで彼は不意に、兎尽月黒を思い出した。
既視感
つまり、ソレは、その画像は、彼の視たトツキヅキクロに酷似しているのだ。
「………、ぁ………」
彼は眼の前の異景に手を伸ばす。
――――――何故、そんな事をするのだろうか。
触れられるわけがないと、理解している筈なのに。
その底に触れてみたいのか。
それとも、ただその闇を知りたいだけなのか。
無意識下で
意識下で
樹輔は手を前へ前へと、伸ばしていく。
あと、数十センチ
あと、数センチ――――――
「――――――樹輔君、眼を閉じて。これ以上ソレを視ては、眼に毒だ」
突然、樹輔は後ろから眼を塞がれた。
樹輔は振り返る。
そこにいたのは
「っ、なっ………、て、てめぇは………!?」
「やぁ」
いかにも人の良さそうな笑顔を浮かべる、獨無迷路の姿があった――――――
◆
黒が彼女を見つけるのに、然して時間はかからなかった。
「――――――朔夜」
「あぁ、御機嫌よう、兎尽月くん」
紫色の浴衣を着た彼女はまるで黒が其処に来ることを予期していたかのようなタイミングの良さで眼の前に現れた。
………いや、おそらく予期していたのだろう。
黒には理解らないが、[魔術]という異能。
それはきっと黒の行動など簡単に予期できてしまう程に万能なのだろう。
「久しぶりだな、兎尽月くん。調子はいかが?」
「最悪だよ、ったく………。………で、これは一体どういうことなんだ、朔夜」
「うん………、たぶん、この空間全体に大きな魔術式がかけられている所為だと思う………。この祭りに来ている人達の大半が傷口もないのに綺麗さっぱり身体の一部を失くしている。こんな所業、魔術でもない限り不可能だしな」
「………だよなぁ」
黒はぐるりと辺りを見回す。
腕が無い人。
足が無い人。
頭が無い人。
その時、不意に.
罅割れた葵の腕を思い出した。
黒は視線を朔夜に戻す。
「――――――で、その魔術とやらの発生源は調べられないのか?」
「………ごめん、ここまで広範囲にわたる魔術だとおれ程度の魔術師じゃ………。橙崎かぼちゃの眼をもってすれば、容易かもしれないけれど」
「………そうか。そうなると、打つ手なしだな………」
「………いや、でも、栞さんなら、もしくは………」
そう、あの栞なら、可能かもしれない。
この霧のように散布された魔力の発生源を突き止める事が出来るかもしれない。
七曜の末裔たる正統の魔術師、蘆枷朔夜が出来ない事を、異端の魔術遣い、霧束栞が可能にする。
………まったく、世界というのは本当に悪戯好きだ。
如何してこうも玩具を逆さまに組み立てたがるのだろう?
「ふぅん………。まぁどっちにしろ、今は栞と合流するのが先決ってことだな」
「その通り」
「――――――んじゃ、お話も終わったところで!後はボクが案内役を務めるっよー!!」
「うぉ!?」
突然飛んできた声に黒は驚く。
すると、朔夜の後ろからひょっこりと契が現れた。
彼の顔は出番が出来たとばかりに爛々と輝いている。
「なんだよ、お前、いたのか………。神出鬼没な奴め………」
「あー、キミは憶えてる!こんちわっす、カラス!たまにうちの事務所荒らしに来るよね」
「荒らしてねーっての!」
「いたっ!」
黒は契の頭を軽く引っ叩く。
すると契はキッと黒を睨み、ぽかぽかと殴り出した。
「いて、いていてて!」
「ふははは、ボクを殴るなんて良い度胸だぁ!くらえー」
「いてぇ、いてぇって!」
そんな風にじゃれる二人を朔夜は首根っこを掴んで、引き離す。
そして一度嘆息すると、彼女はまるで子供をあやす様に優しく言った。
「はいはい、お遊びもそこらへんにしなさい。栞さんを待たせては悪いだろ」
「「………はい」」
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