「つまりその家出娘、織神澪ちゃんってのは元々大きな魔力を内包していて、それがなんらかのきっかけで一気に膨れ上がり、溢れ出たそれは《不幸》という形を以ってしてこの世界に干渉してきたってわけね」
「………オレの話しを聞いただけでよくそこまで推測出来るな。さすがは魔術師を凌ぐ魔術遣いと呼ばれるだけはある」
「まぁ、カラスくんの話しを聞く限りそれしか考えられないからね。多分その子は立派に《異端の卵》(エンブリオ)だよ。………そういえば如何してキミがその澪ちゃんって子のこと知ってたの?そっち系の事件なのにカラスくんが気がつくなんて珍しい」
「あれ、お前にいってなかったっけ?オレの学校にはな、魔眼持ちがいるんだよ。んで、そいつがそのことに気がついて、オレに報告してくれたというわけ。ついでに織神の魔術の概要も軽く、な」
「あぁ………、燈崎の末裔だっけ?その子から聞いたのか。なるほどねぇ。………でも澪ちゃんも可哀想だよね。魔力の均衡が保てなくなったきっかけってのが一人の男の子への淡い恋心だっていうんだから」
「………そうだな」
「もしかしたらこの事件も彼に恋心を抱かなければ起こらなかったのかもしれないってことじゃない。なんだかますます、皮肉っていうか、不幸っていうか………」
「まぁしかし、その恋心が最終的に彼女を救うことになったんだからよかったじゃねぇか」
「そうなんだけどね。………でも、《近くのモノに不幸を齎す》という概念に基づいた魔力を、矛盾律によって論破するなんて、なかなか如何して面白いことを考え付くじゃないさ、カラスくん」
「織神澪がいない、それ自体が《不幸》であれば、《近くのモノに不幸を齎す》――――――つまり《遠ざかれば不幸は起きない》という仮定が成り立たなくなり、この矛盾、ジレンマが魔術を崩壊させる。なぁに、ちょっとした言葉遊びさ。ただ、これを可能にする為には榊枝樹輔というキャラクターが不可欠だった。だから葵にもちょっち協力を仰いだのさ」
「ふぅん………。確かにこの手の魔術を封じ込める常套手段として、論理(ロジック)――――矛盾を使った方法がある。でもそれはあくまで一時的なものであって、いずれはまた彼女も………」
「あぁ………。そうだろうと思った。そこで――――――お前に依頼だよ」
「依頼………、依頼ね。ほんと君って用意周到さねぇ。つまり、自分は応急処置をして、あとは医者に任せようって魂胆かい?」
「………はん。察しがいいねぇ、お前って奴は」
「まったくまったく………。キミは人使いが荒くて困るさ。あたしにも仕事があるんだけどなぁ」
「駄目か?」
「ふふ………、あたしが今までカラスくんの頼みを引き受けなかったことがあるかい?」
「………ってことは」
「うん。その仕事、引き受けました。任せておいて。概念系の魔術なら扱い慣れてるし、どうにかなると思う」
「はぁ………、さんきゅ。お前にまた借りが出来たな」
「そんなこと気にしないでいいのに」
「いや、借りっ放しってのはこっちの気がすまない。だから今度改めて何か奢るよ」
「そういうことなら楽しみにしてるさ………っと、もうこんな時間か。んじゃ、そろそろあたしはお暇させてもらうかな。これからクライアントのところにも顔出さなきゃいけないんでね」
「あぁ。織神のこと、よろしく頼むわ」
「はいはい。しっかりやらせていただくよ。今回は葵ちゃんが見事にやってくれたし、本家としては負けていられないところだしね」
「だろ?あいつ、見事に《探偵》(シーカー)演じきったよな」
「大した度胸だよ、ほんと。あの子にはいつもいつも驚かされてばかりさ」
「そりゃそうだ。なんたって――――オレの女だぜ?」
「ふふ、その通りさね」


「まっ、今度なんかあったらさ」




「――――――この霧束栞が、纏めて包めて、明かしてあげるよ」









ばたん。
扉が閉まる。

その部屋に残されたのはひとり。

金色の髪に、赤色の眼。

彼の名は兎尽月黒。

――――――兎の尽きた月はいずれ黒に染まる

戦争の残り滓、不適合者たる彼は、今もこうして此処にいる。
きっと、それはこれからも。
残り続けるだろう。
在り続けるだろう。

「まぁ………、何はともあれ」

たとえ全てが漆黒に染まったとしても

其処に月が有ることには変わりないのだから。


「ほんと――――――因果だよな」














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