太陽が――――眩しい。

まるで何かを焼き尽くすかのようだ。

まるで誰かを焼き焦がすかのようだ。


そんな下らない思考で、兎尽月黒は眼を覚ました。
「あっつぅ………」
天然のサウナと化したその寝室で寝ていた黒は汗諾々である。
まだ七月だというのに、果たしてこの地球は馬鹿になってしまったのだろうか。
「ぐぬぅ………」
黒は少しでも熱を逃がすようにとベットの脇に備え付けられた窓を全開に開け放つが、入ってくる風すら熱に侵されていた。
「………駄目だ、こりゃ」
黒はその行為が無意味であると悟り、いそいそとベットから這い出る。
そしてハンガーにかけられた制服を手にとってから、緩慢な動作で扉を開いた。

するとそこには、
「あ、くろ。おはよー」
桜色のエプロンを身に着け、朝食作りに励む一人の少女がいた。
「おぅ………おはよ」
彼女の名は弥束衣葵。
黒と生活を共にする、同い年の少女だ。
そんな彼女は振り向き様に優しく微笑みかけてくれる。
その笑顔だけで黒の体感温度は2、3度和らいだ。
「わりぃ、寝汗かいちゃったからちょっとシャワー浴びてくるわ」
「にー。わかったかな」
「………」
「………?どしたの?」
黒はわざとらしく一度嘆息する。
「おまえ………、『シャワーあびてくる』って言われたら普通『背中流してあげよっか?』って返すのが新婚夫婦の基本ってぇ!?」
右ストレートだった。









×××



シャワーの音だけが、その空間を支配している。

まるでそれだけの空間。

その全てがそれを組成し、その全てがそれに閉じられた空間。

「………」
水気を帯びた鏡に目を向けると其処には当然、彼の姿が映し出されていた。
黒が鏡をなぞると、向こう側の黒色もあたかも這わせるかのように手を合わせる。
彼岸も此岸も、互いに、相対している。
相対すべきソレは、だがしかし、段々と姿を変貌させていく。
色彩のその全てがまるでノイズのようにじわじわと蠢き、歪んでいく。
歪んで。
歪んで歪んで歪んで。

気がつけば。
それはよく見知った姿になっていた。
白色。
オレのひとつの可能性。

――――――私は、絶対に貴様ら人間を赦さない

最期まで人間を怨み続けた彼は。
だが真実、最期まで人間を愛した。
だからこそ、白色はもがき続けた。
その矛盾に。
その連鎖に。
彼はそれに翻弄され、それでも。
その声が枯れるまで。
その四肢が捥げるまで。
必死に足掻き続けた。
それでも。
それでも結局、彼は。
彼は、何処にも辿り着けなかった。
精一杯手を伸ばしたのに、彼はその片鱗に触れることすら出来なかった。
彼のその張り裂けそうな感情は何も実を結ばないままに、朽ちてしまった。

七竃のように、腐り、朽ちる。

そんな彼でさえ、到達し得なかったというのに。
何故オレは此処にいるのだろう。
何故此処にいる事が出来るのだろうか。
手を伸ばすことすら諦めて。
此処に停滞することを選んだこの醜き失格が。
何故。
今を生きることを赦されているのだろうか。

あの日。
あの雨の日。
オレは彼女を――――――壊してしまった。
彼も彼女も、みんなみんな、尽く、壊してしまった。
壊して壊して、狂わせてしまった。
なんて醜い。
なんて下劣な。
なんて、醜悪な。
よくそんなモノを内包していて、生きていける。
よく生きていて、恥ずかしくない。

如何して――――――オレは



「くろー、早くしないと遅刻しちゃうよぉ」
その声で、空間が元の形状を取り戻す。
なんの変哲もない、少し手狭な風呂場。
扉の隙間からは葵の姿が見える。
どうやら長くシャワーを浴びすぎたらしい。

「わかった、今出る」
そう言って、ノズルを捻った。














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