例えば、夢。

ある人は夢は叶わないから夢だと云う。
またある人は夢は叶えてこそ夢だと云う。
果たして正しきは何れか?
斯くして見誤りは何処ぞや?
少し――――――揣摩臆測してみるとしよう。


夢とはつまりその人が望む未来。
夢とはつまりその人の望まれた未来。
そしてそれは一つの目標。
夢は叶った時点で、目標へと貶められる。
“夢として”ではなく“目標として”機能し始める。
おそらく夢というのは、叶わない幻想だからこそ美しくも儚いものなのだ。
幻想として、理想として、それは美化され。
届かぬからこそ、それはよく映える。
ならば叶わないのが夢なのか。

いや、だが。
人々は叶えることが出来ると信じなくてはそれは最早“夢”ですらない。
それは理想にも劣る。
英霊ではないが。
夢もまた、人の信仰心あってこその存在。
つまり、信じる心が夢をより美しく輝かせる。

其処から。
オレは夢についてこう定義する。


――――――夢は叶わないから夢だ。だが、それは真実叶える為に存在する。




「――――――なんて………、戯言も甚だしいよな」
所詮たわ言。
意味など初めから無い、荒唐無稽な代物でしかない。
このまま思考したところで、それは形需上の論議になりかねない。
机上の空論といっても過言ではない。
根拠も理由もない、まさに揣摩臆測の類だ。
「………まぁ要するに。そんなことまで考えてしまうぐらいに、暇ってことなんだけどね」
黒は床にごろりと寝そべってそうぼやいた。

日は日曜日。
葵はいない。
つまり家出中だ。
「………あーあ、ねじれちゃんも葵の前で何もあんなこと言うことねぇのに………」
発端は昨日の夜。
思わずねじれちゃんと話し込んでしまい、予定より遅く帰ったことに端を発する。
まぁ要するに、葵にねじれちゃんと夜出かけたことがバレてしまったというわけで。
いや、それだけならまだよかった。
それくらいで家出するほど、葵の心は狭くない。
ただ、ねじれちゃんのあの言葉が決定的だった。

『疚しいことなんてとんでもない。ねじれちゃんはただくろ兄と愛を語らってただけですよ?』

………いや、確かにあの後、天使の話から発展して愛の定義についてとかそういうのをボクは語りましたよ?
でも、どうしてわざわざそんな誤解を招くような言質をとるのか!?
わざとだとしか思えん!!
オレを苦しめて、あの子は一体何をしたいんだ!?
結果、葵はオレの弁明など聞くまでもなく、「このロリコン!」という捨て台詞と共に黒の家を出て行ってしまい、今に到る。
「………」
本来そうでもない筈の部屋が、やけに広く感じる。
なんだか心にまで隙間風が吹いてきそう。
………まぁ。
何時まで悩んでいたって仕方がない。
物事ってのはポジティブに考えていけば、案外なんとかなるものなのだ。

………そうだよね?

「………はぁ」

「くろ兄ー。失礼するですよー」

――――――すると、不意にドアの開く音と共にねじれの声が聞こえた。
事の元凶の、ご登場である。
「………よぉ、ねじれちゃん」
黒は皮肉たっぷりに陰鬱な声で彼女を出迎えてやる。
「どうしたですか、随分と元気がないですね。くろ兄らしくないですよ」
「………はんっ、誰のせいでこんなことになっていると思ってるんだ………」
「え?なんの話です?」
ねじれは首を傾げて、頭の上に?マークを載せている。
どうやら自覚がないらしい。
「………、………なんでもないデス。………で、どうした、ねじれちゃん。何しにきたんだ?」
「暇だから遊んでください」
「………」
あぁ、なんてことでしょう………。
この子は自分の罪を意識していないだけでは飽き足らず、あまつさえそんなことまで口にしてしまうなんて。
地獄に堕ちてしまえばいい。
ってかこいつマジ鬼畜。
「だからってなんでオレのところに………」
「どうせ暇なんだからいいじゃないですかぁ」
「どうせとか言うな!それにそんな暇なら友達とでも遊べばいいだろ」
「ねじれちゃんは友達なんていないですよ」
ねじれの顔に、ふっと。
陰が過ぎる。

それは、あの家庭環境が齎した悲劇。
不幸にも恵まれてしまった一つの結末。

「………、あぁ、わかったよ!わかりましたともさ!遊べばいいんだろ遊べば………」
「やた!」
ねじれはその言葉を聞くや否や、靴を上手に脱ぐと黒の懐に飛び込んだ。
「おっ!?」
先ほどのねじれの表情なんてまるで嘘のように、ねじれは愛らしい笑みを浮かべ、よりいっそう強く抱きついてくる。
「にひひー」
「まったく………」
まぁ………、いいか。
気のせいなら、それでいい。
気のせいだったのなら、それで御の字だ。
「じゃ、何して遊ぼうか」
「ん〜、そうですねぇ………」

必至に考え込むねじれの姿を見て、黒は思わず口元が緩んでしまう。


――――――ああ………、この調子だとロリコンの汚名を返上出来るのは相当先のことになりそうだな………


そんなことを考えながら。












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