宴町の東端に位置する真宵神社。

其処は何時になく凄まじい賑わいをみせていた。

夏祭り。

今日がその日だからだ。

普段比較的に穏やかな宴町さえ、今日ばかりは祭りに向かう人々でごった返している。

その人波の中には、黒と葵の姿もあった。

「うふ、うふふ………」
「な、なんだよ、その気味の悪い笑い方………」
「んふふふふ〜」
「………たく」
黒は隣りの少女を改めて見やる。
青色の浴衣に身を包み、長い髪を後ろで結って纏めたその姿は実際息を呑む程美しい。
ソレは、何時になく、女の艶を帯びていた。

――――――っ

突如、黒に一つの衝動が沸き起こる。

その衝動はカタチを為して、曖昧だった外形は明確な骨格を成していく。

そしてその濁った欲情はその吐き捨てる居場所を求め、外に四肢を伸ばし始める。

「………葵」

黒は葵の肩に手をかけ、そして――――――

「おっ、その後ろ影は、黒すけに葵ちゃんじゃん」
「やほほーい」
「はろはろー」
「っ★□×●!?」
黒は慌てて手を引っ込め、ポケットに滑り込ませる。
「あ、みんなぁ」
葵が振り返ると、そこには七種静可と鈴音辿、それにリリン・ファーレンホルストがいた。
「俺もいるぞ」
その声の主は、リリンの頭の上には可愛らしいクマのぬいぐるみ。
ぬいぐるみが言葉を発するとは何とも奇妙な事だが、彼らの間ではもう当たり前の光景として認知されている。
「あー、ポンちゃんも。おひさっ」
「うむ」
彼らが此処にいるということはつまり、彼らもこれから祭りに向かうところなのであった。
「いいなーいいなー。これから二人でお祭り巡りですか。青春だねー」
そう囃し立てる辿、そしてリリンは二人とも葵と同じく浴衣を着ている。
その所為か二人の雰囲気が普段と違って、黒はちぐはぐな気分に陥る。
「今日は二人なんだ?」
「えへへー。今日はくろを独り占めなのだー」
「そっかー、最近はねじれちゃんがいてあんまり二人の時間がとれてないとか言ってたもんね」
「そうなのそうなの!でもいいんだー。今日はずーっとくろと一緒にいるの」
葵は黒の腕をとって、嬉しそうにはにかむ。
「ねー、くろー」
「あ、あぁ………」
………ったく。
そんな屈託のない笑顔を浮かべないでくれ。

また抱きしめたくなってしまうではないか。












「………なぁ、朔夜ちゃん………。この首輪とってくんね………?」
「駄目」
即答。
蘆枷朔夜の心無い言葉に迷路は溜息を吐く。
「ひゃはは………、頼むよ、朔夜ちゃーん。こんなのつけてたらオレ様、変人扱いじゃんよー」
「安心しろ。お前は元から変人だ」
「あっ、そっか」
迷路は納得したように手を叩き、ひゃはは、と再び顔を歪めると二度目の溜息を吐いた。
「………はぁ」

朔夜は彼女の魅力をさらに際立たせる紫色の浴衣、迷路は黒と白のコントラストの映えたTシャツを身に纏っていた。
そして迷路にはおまけに赤い、ちょうど犬につけるような、首輪が装着されている。
その鎖の持ち主は当然のこと朔夜。
迷路は彼女に引かれる形でついていく。
「はぁ………、まったく、この前は散々だったんだからな、本当に。お前がこの街に来た直後にいなくなるものだから、おれがその後どれだけ苦労したか………。到着5分で迷子になるなんて前代未聞だ、まったく………」
「ひゃはは、そうだよなー、ホントとんでもないよなー。誰だよ、そんなことするのはー」
「お前のことだ、このボケすけ!」
「ぐえっ」
朔夜は右手に持った鎖を引っ張り、迷路は首を絞められ奇怪な声を上げる。
だが、その引っ張る鎖が突然動きを止める。
「っ?なんだ、メイ。いきなり足を止めたりして………」
「………」
「………?何がどうしたんだよ」
「………あれ」
「あれ?」
「栞ちゃんじゃね?」












あたし、霧束栞は祭りに来ていた。

べ、別に遊びに来たわけではないぞ!

この手に持っている水あめとお好み焼きはあくまでもカモフラージュだ。

「………」
「な………、契、なんなのさその目は………」
栞の傍らに立つ楔乃契は彼女を冷えた眼で見つめる。
「………栞、ボクとねじれよりもはしゃいでる………」
「な、何を云うのさ!この手にあるのはあくまでカモフラージュというものであってだね………」
「あれ、あの人ボクらに手振ってるみたいですよ?」
「だからね………、そういうこと………、………え?」
栞は契の視線を追うと、その先には迷路と朔夜の姿があった。
迷路は何故か赤い首輪を付けられてる。
何故だろう。
まぁ、大方予想はつくが。
栞は近づいてくる彼等に手を振って、応えた。
「やっほー、迷路くん、朔夜ちゃん」
朔夜は礼儀正しく頭をぺこりと下げる。
「お久しぶりです、栞さん。三ヶ月ぶりですね」
「もう、そんなに畏まんないでよ。もっと気楽にしてさ」
「ひゃはは、そうだぞ朔夜ちゃん。もっとこう、ふれんどりーにさー」
「メイは馴れ馴れしすぎるんだよ」
「ぎゃっ」
再び朔夜は鎖を引っ張って迷路の首を絞める。
「はは、相変わらずさねー、キミ達も………」
「………ねぇねぇ」
栞の隣りでずっと黙っていた契はそう言うと彼女の裾を引っ張った。
「ん、どうしたんさ、契」
「この人たち、栞の友達?」
その言葉に、栞は一瞬表情を凍らせる。が、すぐに栞はいつもと変わらない笑顔を浮かべる。
「………あぁ、そうだよ。あたしの友達だ」
「蘆枷朔夜だ」
「ひゃはは、獨無迷路でっす!」
「はじめまして。ボク、楔乃契といいます」
そんな彼等を、栞は黙って見つめる。

幾度も、見てきた光景。

栞はそれに、胸を押さえた。



契は生まれつき記憶を蓄積する、という行為が苦手だ。

だから、つい三ヶ月前にも会った人の事も忘れている。

三ヶ月前に遭った出来事も憶えてない。

仕方がない。

仕方がないことだ。

それでも、栞は少し、息苦しくなる。

それは毎回付き合ってくれる朔夜や迷路や、みんなに対して。

もしくは――――――全てを忘却してしまう、契に対して。

もしもこんな体質でなければ。

きっと彼にだってたくさんの友達が出来た。

他の子供達に混じって、この祭りを存分に堪能していたはずなのだ。


「――――――あれ、そういえば如何してキミ達ここにいるんさ?」
「ん、ひゃはは、………いやぁ、なんでだろうねぇ」
「………」
栞がそんな質問をした途端、朔夜と迷路は口を閉ざした。
どうやら、今此処で言う気はないらしい。
「ふふ、多くは語らず、か」
その言葉に朔夜は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すいません。本来貴方にもは話すべきなのですが………、今はまだ機ではないかと」
「まぁいいよ。待つのは得意さ」
おそらく、彼等が来たのには意味がある筈だ。
そして、何れはあたしだって厭でも関わることになるのだろう。
なら、別に焦る必要はない。

その実が熟すまで、じっくり待つとしましょう。

「さ、て。んじゃあたしはあたしで仕事にでも、入るとするかね………」
「今日も張り切っていきましょー」
「おー」
「ひゃ?仕事?」
「うん、別に依頼ってわけじゃないんだけどね。ちょっと、気になることがあって………」




――――――栞がそう口にしようとした刹那、突如ソレは起きた。














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