日曜日、今日は当然のことだが学校は休みだ。
「おはよう、澪」
「おっ、おはよ、キスケ………」
だが今日もいつもの朝と同じように、樹輔が澪を迎えに来た。
もちろん今日が日曜日であることをうっかり忘れて、なんて理由ではない。
「んじゃ、ちょっと澪を借りていきます」
はいはい、と澪の母親はいつもの1.5倍(当社比)の笑顔で澪を見送る。
この様子からして、澪の父親も母親も自分の娘をからかうのを結構楽しんでいるようだった。
娘の澪からしてみれば、迷惑千万な話であるが。
「澪、デート楽しんできてね」
「お母さん!!だからそんなんじゃ、」
「それじゃ、気をつけてね」
「行ってきます」
「にゃーーー!!人の話は最期まで聞けーー!!」
「字が違う!死ぬまで聞いてどうするんだよ!!」
がるる、と母親に睨みを利かせつながら、澪は樹輔を半ば強引に引き連れて外へと出た。
空は晴天。
それは雲ひとつ無く、青く青く、澄み渡っている。
「………」

――――――あの夜、樹輔からの電話の内容は意外なものだった。
『日曜日なんだけどさ………、お前、空いてる?』
要するにデートのお誘いだ。
日曜日二人でぱぁっと遊ぼうというのである。
――――――樹輔がわたしのこと、心配してくれてる
交通事故を目の当たりにしてから、別れるまで二人の間に会話は無かった。
きっと樹輔の目に余る程、澪はショックを受けていたのだろう。
きっと樹輔はその姿に、見るに見かねたのだろう。
樹輔の方から澪に電話をかけてくれたのだ。
それは素直に嬉しかったし、澪は本当に幸せな気持ちになった。
あたかも恋人のように、あたかも想い人のように。
彼女の心は温かいモノで、満たされた。
「………樹輔、ありがと」
「あっ?なんだよ」

――――――だから、今日は全てを忘れて、楽しく遊ぼう

「ううん、なんでもない」
「っ?なんだよ、変な奴」
「えへへ」

――――――悲しいことも、苦しいことも、自分のことも、世界のことも。全部全部忘れて、狂ったように楽しもう。

「………」
「………えへへ」
どちらともなく、澪と樹輔は手をつなぐ。
樹輔は少々気恥ずかしそうに顔を澪の方から背け、澪は顔を赤く蒸気させながら嬉しそうに笑っている。
「………なんだよ」
「樹輔、顔まっ赤ぁ」
「なっ!お前だって人のこと言えねえじゃねぇか!!」
「あはは!」
二人は時に茶化しあいながら、壊れたように遊ぶ。
それはもう楽しそうに、楽しそうに。
「あぁ!このストラップかわいい!!」
「この人型の奴か?なんかいろいろ色があるけど」
「ねぇ、キスケぇ。これおそろいで、買わない?」
「ん………、まぁいいけど。オレ携帯持ってねぇぞ?」
「学校のかばんにつければいいじゃん」
「あぁ、それもそうだな。………んじゃ、何色がいい?」
「やったぁ!ん〜、どれがいいかな――――――」
壊れた世界で平穏な日常を過ごそうなんて、そもそも間違っている。
それは間違った前提を基に理論を形成するように、酷く、醜い。
でも。
それでも彼女らは一生懸命に楽しんだ。

壊れているが故に、際限なく。

狂っているが故に、加減なく。

いつも笑顔を絶やさず、笑顔を絶やさず、不意に影が降りることがあってもそれはすぐに消え去り、かき消され、またその世界へと躯を浸し、簸たし、侵し、まるで壊れた人形が同じことを繰り返すように、壊れた機械が同じ動作を繰り返すように、彼らも笑顔を繰り返し、彼らも喜びを繰り返した。
楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい。
変わらない人、代わらない人、替わらない人、換わらない人。変われない事、代われない事、替われない事、換われない事。
偽りで偽りを偽り、誤魔化しで誤魔化しを誤魔化し、人は一人、月に憑き、それに尽き、そして終わり続け、続き続ける世界。
それは本当に狂った時間で壊れた世界で、偽りと虚実と虚偽と、誤謬の世界で、誤植の世界に過ぎない。

自分を誤魔化した、欺いた世界。

自分すら詐欺の対象とした世界。

いずれ引き戻される、ひと時のまほらば。



――――――そして、終わりの始まり。


「――――――な………、んで………」
澪はその場に経垂れ込む。
目の前には、無数の鉄パイプの下敷きになったまま、動かない樹輔。
「あっ………、あぁ、き、すけ」

――――――起きて、しまった

起こして、しまった。
最も恐れていた事が、実現してしまった。

〔偶々〕その貨物の固定が甘かったトラックが澪たちの横を通り過ぎ、〔偶々〕その荷台から無数の鉄パイプの固定が外れ、〔偶々〕澪たちに向って雪崩落ちてきた。
咄嗟に澪を守ろうと盾になった樹輔は、その雪崩に巻き込まれ、そして――――――
「ぅ………あぁ………」
それは偶然に偶然を重ねて、さらに偶然を重ねても有り得ない事象。
あまりに出来すぎた駄劇でも演出しはしない結末。
二人は夕飯はどうするか、話し合っている最中だった。
「き、………すけ、………ぁぁ………」
樹輔の頬を軽く撫でながら、澪は大粒の涙を落とす。
「………ご、めん、ごめんね、きすけ………」
懺悔にも似たそれを、聞く者は誰もいない。
ただ周りに取り巻く通行者だけが、それを耳にした。
「わたしがいな、ければ、わたしが、あの時、死んでいれば、き、キ、スケは、こんなことにならなかったのに………」

――――――君は、不幸を招く

繰り返す詞。
繰り返し繰り返し、永遠にリピートし続ける罅割れた蓄音機。

だがそれは一体何を――――――誰を指し示す言葉だったか。

「………ご、めんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……んなさい、…めんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんな、さい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん……い、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…めんなさいごめんなさい………」




――――――普通の幸せを求めて、ごめんなさい






×××


数分後、善良な目撃者の連絡により、その場に救急車が到着した。
しかし、そこに澪の姿は、なかった。











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