太陽は姿を消し、月がこの紺碧の空を支配する頃。
織神澪は、知らぬ道を彷徨していた。
目的は、有る。
時間も、在る。
無いのは居場所だけ。
それでも。
それでもそれは、決定的に、絶望的に、欠如し欠落している。
彼の者は何故に彷徨う?
――――――人を救う為
彼の者は何故に流離う?
――――――己を救う為
彼女が本当に“不幸を招く”のなら、それはきっと、誰かを傷付けることしか出来ないのだから。
だから、彼女は別離を選んだ。
選ばざるを得なかった。
誰かが傷つくくらいなら、誰かが傷ついて自分も傷つくくらいなら、自分ひとりで傷を負った方がいい。
それが彼女の行動原理。行動理由。
そして。
彼女の言い訳。
「………お腹、すいたなぁ」
彼女は脈絡もなく、ただ純粋に現在の感想を述べた。
食欲。
それは貪欲にも澪の身体を蝕んでいく。
こんな状況で、こんな立ち位置で、よくモノを云えたものだ。
人を何人も傷付けておきながら、よく云える。
なんの自覚もなかった訳ではない、なにも疑問に思っていなかった訳ではない。
ただ無意識的にも意識的にも、それを認識することを拒んだ。
なんて。
なんて、残酷なことをしたのだろう。
云われていたのに。
あれだけ云われていたのに。
わたしはそれを無視してしまった。

――――――君は、不幸を招く

彼女――――――橙崎かぼちゃは、確かにそう云った。
場所は保健室。
わたし達以外誰も、先生すらもいなかった。
ただ二人だけの空間で、その決定的にまで決定的な言葉を告げられた。

――――――君は不幸を招く。このまま此処にいれば何れ大切な誰かを傷つけるだろう

それはつまり死刑宣告。
つまりは最終通牒。
赤紙が家に届いたかのような、そんな絶望感。
淵に立たされ、もう後がないかのような。
わたしは何かに、恐怖した。
わたしは何かに、怯臆した。
理性的にも、本能的にも、わたしは拒んだ。
聞くに堪えない。
見るに堪えない。
わたしの日常をこれ以上壊さないでほしい。
きっとそれが本音だったと思う。
だから、彼女が言葉を言い終わる前に、わたしは逃げた。
その保健室から逃げ出し、彼女からも、逃げ出した。
でも。
でもそれでも。
たとえそれで日常が壊れたとしても――――こんなことになるのなら、彼女の言葉をちゃんと聞いておくべきだったかもしれない。
ほんとに、滑稽。
まさに駄作。
そして。
あろう事か、わたしはその事実を封印したんだ。
その事実を改変した。いや、もしくは改竄か。
保健室での出来事などなかったと事実を書き換えた。
なんてこと。
なんて愚か。
それは事実から眼を背けただけで何の解決にもならないというのに。
それが、今になって皺寄せとなって、こうなった。
まったく――――自業自得の因果応報にも程がある。
………それでも。
それでも、思ってしまう。
しきりに考えてしまう。
どんな罪もないが故に、行き着いてしまう。

――――――如何して、わたしだけ?

如何してこんな仕打ちを受けなければならないのだろうか。
わたしが一体、何をしたというのだろう。
わたしはただ、ただごく普通の幸せを求めていただけ。
それだけで。
それだけなのに。
「………ぅ」
もう、苦しすぎる。
私には――――――重過ぎる。

――――――………もう、死んじゃおうかな

そんな暗鬱な思考に引き込まれそうになった時、

トンッ

その音が彼女を現実へと引き戻した。
するはずのない、足音。
してはいけない、足音。
――――――誰が、来たのだろう?
地面には二つの影が張り付いている。
その影は明らかに澪に向って伸びていた。
「………?」
――――――誰だろう?わたしに用だろうか?
顔を上げる。
そこには

「こんばんは、お嬢さん。今日も綺麗な月だな――――なんてなぁ、ひゃはははは!!」

――――――ヒトデナシが、立っていた。














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