雨が降っている。
澪はもう使用されていないであろうトンネルの端っこで、雨宿りしていた。
その髪は存分に濡れている。
しかし澪にそんなこと気にする余裕はなかった。
思考する対象は数日前の出来事。

異形の二人との、邂逅。


――――――『ひゃはは、お嬢さん。お前、“普通”じゃないな?』

あの夜。
その男は忽然と、まるで初めから其処にいたかのように目の前に現れ、出会い頭にそう云った。
普通。
普通とは通常であること。
通常とは日常であること。
日常とはわたしが今まで住んできた場所のこと。
彼らと出会い、彼女らと出会ったところ。
わたしの平穏が――――――残された場所。

その男はそれを一言で否定した。
その一切を、虚に帰した。
それが何より赦せなかった。
それが何より苦しかった。

――――――『そんなに怯えることはない。………おれも君と同じモノ。だからせめて話だけでも聞いてくれ』

その男の後ろにまるで影のように立っていたその女はそう云った。
君と同じもの?
意味がわからない。
わたしと、同じ?
彼女もわたしと同じ特殊体質なのか?

――――――不幸を招く

彼女もそれなのか?
彼女も、そうなのか?
いや、待て。
待て待て。
もっと落ち着いて考えよう。
喩えそうだとして。
そうだとしても――――――そんな彼らが、なんで今更わたしの前に現れた?
何故わたしの前に現れる必要があった?
だって――――――それは普通じゃないこと。
日常を過ごしていれば、ありえないこと。
なんで日常ではありえないことが次々と起きる?
「………っ」
これ以上わたしを奇異扱いしないでくれ、
今まではわたしはただの普通の高校生だったんだ、
なのになんで、この数ヶ月でこんなにも壊れてしまったんだ
いやだよいやだ、助けて!
こんなところにはもういたくない。
みんなのところに帰りたい。
いつもの日常に、戻りたい。
もっとみんなと笑っていたい。
もっと――――――彼の傍にいたい。
わたしはそんなにおこがましい事を願っていますか?
わたしはそんなに厚かましいことを願っていますか?
なんでわたしはこんなところにいるの?
わたしはいつから――――こんなところにいたの?


――――――初めてわたしの周りで不幸が起きたのは、確か、去年の冬。

ちょうど、わたしが彼に淡い恋心を抱きはじめた頃。
それと重なるように、その不幸は起きた。
別に大したことのない、些細な事件。
騒ぐ程のモノでもない、微小な事象。
けれどきっとアレが一番初めだったと思う。
それからだ。わたしの周りに運の悪い人が増え始めたのは。
運悪く、足を踏み外して骨折してしまった彼女。
運悪く、ガラスを割ってしまった彼。
運悪く、ドアに手を挟んでしまったあの人。

それをわたしはよく、目にした。

目に、した。

――――――あぁ、そうか

つまり、それらはいつもわたしの近くで起きていたのか。
「………ふふ」
今にして考えれば可笑しな話だ。
何故今まで気づかなかったのかしら。
考えれば、あの頃から、わたしは此処と噛み合ってなかったじゃないか。
あの時点で。

既ニワタシハオカシカッタ

「………ほんと、わたしって馬鹿だなぁ………」
そういえば樹輔にもよく馬鹿って言われてたっけ。
懐かしいなぁ、あの日。
戻れない、日々。
戻りはしない、日々。
会えないあの人。
逢えない、あの人。

「………キスケ」
………もう、駄目だ。
もうこれ以上は耐えられない。
絶えることは出来ても、
耐えることなんて――――――出来るわけがない。
「もう、泣いても、いいよね………」
その一言を合図に、澪の頬を伝う一筋の涙。
涙は溢れ出したが最後、止め処なく流れ出した。
「ぅ………、ふっ」
嗚咽がとまらない。
震えがとまらない。
涙がとまらない。
涙は拭えない。
その涙は――――――消えはしない。
「うぅ………、うわぁぁん!」

感情の奔流。

きっとそんな生ぬるい言葉では物足りない。

感情の発露。

きっとそんな適当な言葉では埋まらない。

それ程に、苦しく、悲痛で、悲愴で。

全てが全て、白い。

全てが異物で、全てが異端で、
異端に囲まれた自分はそれ故に異端で。
けれど、本当はそうじゃなく。
実際はわたしこそがその異端そのもので。
結局自分はこの世界に適応出来なくて。
好きだったあの人。
好きだったこの人。
好きだったその人。
もう逢えない、あの少年。
アリス。
それこそ本当に不思議の国。
不思議の国のアリス。
彼女は憐れな憐れな、お伽のアリス。

それでも。

それでも尚、彼女は祈り、懇願する。

楽しかったあの日々。

楽しかった毎日。

楽しかったあの場所。

楽しかった、人々。

帰りたい

帰りたい

帰りたい


あの場所に――――――帰りたい



「――――――みーつけた」


声が――――――聞こえた。












Back
Next
Return